BENJAMIN LEE (ベンジャミン・リー)
Profile

1969-1972
トロントのライアーソン・ポリテウニカル・インスティテュートで写真を学ぶ。学内で最優秀賞を受賞。アーヴィング・ペン、アンドレ・ケルテス、カルティエ・プレッソン、リチャード・アベドン、ユージン・スミスらの作品に感銘を受ける。
1973
スペイン、フランス、スイス、モンテ・カルロ、オランダ、西ドイツ、ルクセンプルク、アンドラ、コルシカを10カ月旅行。
1974
カナダ芸術委員の奨学金で、イギリスのプライトンを撮影。ロンドンに居を構え、多くの一流カメラマンに師事。ロンドンの著名なデザイナー、広告関係者と仕事をする。
1977
ロンドンのソーホー地区にベンジャミン・リー・スタジオを設立。ナショナル・ジオグラフィック誌のために、ウェールズの採鉱を撮影。また、ヒュ一・カソン卿、ハンス・クレプス卿、ジュリアン・ハクスリー卿をノバ誌の科学者特集のため撮影。へンリー・ムーア(彫刻家)、イェフーディ・メヌヒン(ヴァイオリニスト)、ラリー・アドラー(クラシックハーモニカ奏者)、エドワード・テラー(原子物理学者)らをW.H.O.の依頼で撮影。
1978
カールスバーグ・ビール、ナショナル・パナソニック、オリベッティ、オリンパス、プラジル・コーヒー、バイエルなどの広告写真を手がける。
1980
自費でカンヌ映画祭こ赴き作品を撮影。ノバ誌に掲載された作品が、英国デザイン・アート・ディレクション賞を受賞。
1984
英国デザイン・ア一卜・ディレクション賞2度目の受賞。
1985
有名な帽子デザイナー、ステファン・ジョーンズのポートレートでイルフォード広告賞を受賞。
6x17リンホフ・テクノラマで撮影した初めての3部作である。3部作スタイルで、ロンドンの有名ファッションデザイナーらを撮り続ける。ヴォーグ誌の初めての依頼でイヴォ・ポゴレリッチ(クラシックピアニスト)を撮影。
1986
ロンドンのハミルトン・ギャラリーで個展を開催。カンヌ映画祭の写真1点がハミルトンギャラリーに購入される。
1987
日本行きを決意。彫刻の森美術館(箱根)でイギリスのロイヤル・アカデミー会長のヒュー・
カソン卿より紹介されたフジ・サンケイ・グループ最高顧問・鹿内信隆に、ポートレートを購入される。勅使河原宏(映画監督・草月流家元)、丹下健三(建築家)のポートレートを撮影。
富士フイルム社長の大西実に3部作スタイルが気に入られ、同氏のポートレートを手がける。以来、同社は良きスポンサーとなる。
1988
ヴァレンティノ、ハナ工モリのパンフレットを手がける。PHPインターセクトの表紙や三井商船、日本経済新聞社、ミノルタの年次報告書を作成する。
1989
冨士フイルムの主催で、電通アート・ギャラリーにおいて個展を開催。コマーシャルフォト、イントロジャパン、ソニー、PHPインターセクト、ホットシュー・ロンドン、ディレクション・マガジン・ロンドン、ヴォーグ・スペイン版などの雑誌に紹介される。石岡瑛子(ビジュアルアーティスト)と三宅一生(ファッションデザイナー)の依頼で、L’lnhumanaieプロジェクト(東急Bunkamura)を撮影。日本が世界に誇る佐藤忠良(彫刻家)と出会い撮影を開始。
1990
フィリップ・スタルク(デザイナー)を撮影した3部作が、ローデン・ストック/ペンタックス賞銀賞を受賞。ジョン・レノン生誕50年を祝う東京ドームでの世界音楽祭を撮影。オノヨーコと息子ショーンに出会う。エスクァイア・日本版のカバーストーリーに、ショーンのポートレートを提供。ヴォーグ・スペイン版の日本特集用に、日本人セレプリティーを撮影。
1991
全日空の依頼で、香港の億万長者を取材・撮影。12月には、スウェーデンで有名デザイナーを撮影。帝国ホテルPR誌用に、伊丹十三(映画監督)、武満徹(作曲家)、佐藤しのぶ(声楽家)、横尾忠則(画家)、山本容子(版画家)ら各界の有名人を撮影。
1992
北京を訪れ、中国のミュージシャンとマキシム北京の経営者マダム・ソンを取材・撮影。さらに万里の長城を撮影。自費で1週間ベネチアに滞在し、街を撮る。ドイツ・ケルンのフォトキナに、富士フイルムのプロモーション用として、パノラマ・ポートレート5作品を提供。
1993
ヴォーグ・スペイン版の依頼で安藤忠雄、篠原一男、槇文彦、磯崎新ら建築家を撮影。上海の再建をテーマにしたリチャード・ロジャーズ卿(建築家)をインタビュー。ヴォーグ・イギリス版の依頼で、三宅一生、石岡瑛子、川久保玲(ファッションデザイナー)を撮影。
1994
トヨタのキャンペーンポスターが日経広告賞グランプリを受賞。アート・アゲインスト・エイズ.キャンペーンのため、エリザベス・テーラーを撮影。衛星放送WOWOWで、30分間のトーク番組に出演。司会のクリス・ペプラーから、独自の3部作技術についてインタビューを受ける。
シュールレアリスムに興味を抱き、ルネ・マグリット、ピエロ・フォルナセッティ、サルバドール・ダリ、パブロ・ピカソを研究し始める。パリでマリー・ミッテランの結婚式を撮影。フランソワ・ミッテラン元フランス大統領に会う。
1995
セブン・シーズ誌の依頼で、ダイアナ妃のメークアップアーティストであったマギー・ハントとロード・スノードン卿(写真家)をインタビュー・撮影。さかよりのりこ(国際キャタリスト)と新プロジェクトを展開。日本写真ビエンナーレ賞‘95受賞。ヴォーグ誌の依頼で、イギリスの彫刻家アンソニー・カロ卿と、東京都現代美術館でのアンソニー・力□展の展示構成を担当した安藤忠雄を撮影。
1996
日本メルセデス・ベンツ社の最新デザインセンターを撮影。タケオキクチの12周年特別ファッションイベントを撮影。トヨタ車体(岐阜)の依頼で写頁壁画(2x6メートル)を作成。東京・代々木のフジタヴァンテミュージアムでの写真展「彫刻家佐藤忠良の世界」が大成を収め、NHK、フジテレビの取材を受ける。トヨタのキャンペーン広告で第45回日経広告賞優秀賞受賞。翌年カナダ大使館で開催される個展に備え、ワダ工ミ(衣装デザイナー)、福田繁雄(グラフィックデザイナー)、松本幸四郎(歌舞伎俳優)、丸木位里・俊夫妻(画家)、小池一子(クリ工イティブディレクター)、高田賢三(ファッションデザイナー)ら各界の著名人の撮影を開始。メイクアップアーティストのシュウ・ウエムラの企業キャンペーン用写真を撮影。彼はポートレートを気に入り、カナダ大使館での個展を協賛。
1997
三宅一生、筑紫哲也(ジャーナリスト)、川久保玲、ワダエミ、坂本龍一(作曲家)、リチャード・ポーリンガー(俳優)、高田賢三らの撮影を開始。シュウ・ウ工ムラ化粧品、ミサワホーム協賛で7〜8月に開催されたカナダ大便館での写頁展が好評を得、NHKとフジテレビがインタビューと特集番組を組む。2点の大作を映画監督の勅使河原宏と、画家のヒロ・ヤマガタが購入。9月から翌年2月までの5カ月間、北京フィルムスタジオの「始皇帝暗殺」のスタッフとともに中国の撮影地を回りロケ現場を撮影、その数は9000カットに及ぶ。チェン・カイコー監督作品「始皇帝暗殺」は6千万ドルの制作費をかけた中国最大規模のもので、アメリカソニー、フランスカナルプラス、日本ヘラルドから配給された。ハーパーズバザー・ニューヨークの依頼で、ファッションデザイナーのジョイス・マ−、ディクソン・プーン、デイヴィッド・タンの撮影のため香港へ。
1998
「始皇帝暗殺」撮影現場の写真が香港、日本、韓国で初公開される。群馬県桐生市で「8 1/2ウーメン」を制作中のピーター・グリナウェイ監督とワダ工ミを撮影。鍋島直正の磁器を撮影。
鍋島焼は日本を代表する磁器で、皇室御用達でもある。佐賀の鍋島家を訪れ、一族が持つ古い写真の保存方法を助言する。PPS通信社がベンジャミン・リー写真展を京阪百貨店大阪ギャラリーで開催。
1999
ミサワホーム社長をパンフレット用に撮影。家庭画報の依頼でニューヨークへ行き、裕福な3家庭の田舎暮らしを取材。G.Qジャパンの依頼でニコル・ブルガリを撮影。
2000
ANA機内誌の依頼でカウアイ島へ。南太平洋、ジュラシック・パーク、ブルーハワイ、インディ・ジョーンズの撮影現場を撮影。力ウアイ島の最高級ホテルも撮影。日本のシガークラブ社長ルイス・ウィグデンとともにキューバのハバナ、トリ二ダードに3週間滞在。シガークラブは日本最大のキューバ産シガー輸入業者である。キューバのトップミュージシャン.ネルソン・ドミンゲス、ザイダ・デル・リオ、フランク・フェルナンデスらにも出会い、パルタガスやコヒパのシガー工場とピナー・デル・リオを訪れる。アーネスト・ヘミングウェイの家を訪れ、彼の釣り船の船長、グレゴリオ・フ工ンテス(105歳)を撮影。タヒチのボラボラに2週間滞在し、高級リゾートを撮影。ヒロ・ヤマガタ・レーザーショー撮影のためロサンゼルスへ。マイケル・チョウ(俳優)、グウィネス・パルトロー(女優)、フランク・ゲーリー(建築家)、ヴィダル・サスーン(美容師)に会う。ロサンゼルスのU.T.Bテレビから取材を申し込まれる。
2001
スターウッドホテルの依頼で、包括営業部長のマイク・近藤とプロジェクトを開始、ニューヨークに新しい発想で展開されているWホテルを取材。G.Qジャパンの依頼で、20ページ分の特集と表紙を飾るフランチェスコ・クレメンテを撮影。エスクァイア日本版の依頼で、建築デザイナーのフランク・ゲーリー、リチャード・マイアー、I..M.ペイ、フィリップ・スタルクを撮影。
2002

アリガット誌の依頼でバルセロナ、セビリア、コルドバで取材。ハーパーズバザー日本版の依頼で、ニューヨーク・メトロポリタン美術館で開催されたリチャード・アドベン(写真家)の展覧会を取材。10月、草月会館のイサム・ノグチ・プラザで大判ポートレートと写真図柄の織物などの多面的展覧会を開催、勅使河原宏に捧ぐ。初の写真集「オデッセイ」出版。

2003-2005
トラベルフォトストーリーとして、パリ、ロンドン、香港、トルコのイスタンブールNYマンダリンオリエンタルホテルなどを訪ねる。世界のフィッシングストーリーとして、なべしまなおまさ氏、浜野よしひろ氏と共にシベリアのKoppi川に冒険取材を行う。モリジブにある世界の高級リゾートホテル ワン アンド オンリー リゾート(本社ロンドン)の2つのホテルReethi RahとKanukuraを滞在撮影。世界に2台しか存在しない20インチ×40インチの珍しいポラロイドカメラを使用しての撮影。ポラロイドカメラ社スポンサーの写真展を行う。汐留にあるイタリアの老舗レストラン(BICE)において、ポートレイトの写真展を各国大使、大使館員の方々やプリンセス高円宮久子様もご臨席いただき盛大に行われた。褐K山の高級ジュエリーブランド・DIADDICTのスペシャルイベントをL.studio internationalがプロデュースし、ファッションモデルを使ったダイヤモンドジュエリーのディレクション、撮影をベンジャミンリーが全て実施した。世界で一番のエメラルドディーラーであるコロンビアにお住いのエメラルドカウボーイ(通称)のMrはやたに会う。CNN LONDONの人気番組‘ビジネス トラベラー’において東京におけるベンジャミンリーの最も好む場所をベンジャミンリーがゲストナビゲーターとなり紹介した。中国の最先端のCM・ADマガジンに、ベンジャミンリーの特集企画として12ページにわたり紹介された。イタリアのブランドファッションメーカーゼニアの新しい靴のプロモーションイベントをハネザワガーデンにおいて行う。元横綱の千代の富士氏、加藤タキ氏、指揮者の井上道義氏、タレントの石田純一氏などセレブリティーのお客様をたくさんお招きして写真撮影は全てベンジャミンリーがディレクション実施する。
2006
HACギャラリー(東京・青山)にて‘ODYSSEY SURREAL’をプリンセス高円宮久子様ご臨席のもと開催。ボラボラ、タヒチ、ドバイ、オーストラリアのヘイマン島などをトラベルストーリー取材撮影の為訪問。扶桑社マガジン(Luci)にNYファッションストーリーの撮影、取材。
2007
10月1日から11月1日、FCCJ(日本外国特派員協会:東京 有楽町、TEL 03-3211-3161)にて写真展を実施。
2008
NYC・タングルウッドをさかよりのりこと共に取材。上海MOCAキュレーターのヴィクトリア・ルー、上海ビエンナーレのアートコレクターパールラムを撮影。北京の798アートディレクトで、多くのアーティストと交流。アースホールディングのCEO国分利治氏をパリ・ロンドン・リヴィエラで撮影。
2009-2010
森美術館で展覧会開催中のアーティスト、アイウェイウェイを撮影。2009年9月よりさかよりのりこの企画プロデュース、コーディネートにより、雑誌penの「アーティスト、クリエーターの「創造の現場」project」撮影取材開始。井上道義、熊川哲也、坂茂、横尾忠則、蜷川幸雄・・・。2010年7月4日より〜12月23まで、宮城県美術館の佐藤忠良記念館20周年記念、特別企画展として「写真家ベンジャミン・リーの見た彫刻家 佐藤忠良」開催。日本橋小津和紙の協賛を得、和紙を使用。テキスタイルアーティストの山口英夫も参画。香港のアートフェア等取材。香港で国際派実業家Sir.デービット・タンはじめ多くのセレブと交流。Sir.デービット・タンの新刊書の表紙に、ベンジャミン・リー撮影のポートレイト使用。上海EXPO、上海ビエンナーレ等取材。
クライアント
エディトリアルファッション、エスクワイヤ GQ、ナショナルジオグラフィック
ヴァレンティノ、家庭画報、国際版家庭画報、JAL機内誌(WINDS)
ANA機内誌(WINGSPAN)、英国版ヴォーグ スペイン版ヴォーグ
スターウッドホテルチェーン、 ワン アンド オンリー リゾート
マンダリンオリエンタル
広告宣伝
マッキャンエリクソン、フジフィルム、コダック、サーチ&サーチ
J.W.T、 D.D.B、 レオバーネット、 C.D.B、 Jウォルター
トンプソン、パナソニック、オリンパス、ハイネケン、カールスバーグ
トッパン、マツダ、JR、三菱自動車、メルセデスベンツ、etc